第三回Fediverseワンドロワンライ
お題「月夜」
制限時間:一時間
製作日:二〇二一年二月二十四日
――最後に喋った言葉は「おやすみ」だったか。
相方が消えてしまった。きれいな月夜のにおいがする素敵な相方だった。
ここで消えてしまうときは誘ってね、と何百年も前に約束したのに彼は忘れてしまったみたいだ。そして月夜から太陽に変わった瞬間に勝手に塵になった。
夜空を見上げられるように天井が自動で開くといいよね、とにこにこと笑い、その下に寝ころべるように相方が心地のいい青いソファを選んだ。もうこれはずっと前、何百年も前の提案だ。今ではソファも何代目か。今のソファは相方が今までで一番気に入っていた。ふわふわの青いソファ。二人で座るといつもふわふわの気持ちも相まって、ふと顔を見てにやにやしたものだった。
きらめいた星とふんわり照らされた月を見てロマンチックなこと一つも言わずに、好きなことを各々とやりながら彼にくっつくのが毎夜のことだったのに、私はいま独りぼっちでソファに座る。彼の定位置の隣は私の席だ。私とベッドに入るまでソファでくつろぐ。この時間以上に極点は無かった。この時間が好きだ。思い出すだけでうら寂しい。
私たちは太陽や灯りに晒されると塵になってしまう。塵になったとしてもせいぜい僅かしか残らない。それを遺灰としてあつかうのだが、私が見た時にはもう灰も散り散りでソファの上の塵をかき集めても一つまみほど。天窓が開いていたせいで風が入り、部屋中に塵は散った。おかげで掃除することも出来ない。
彼の遺灰を見た時には冷や水を頭からぶっかけられ、耳の奥で耳鳴りのようなものが鳴っていた。夕暮れの暗さと、彼の思い出でみるみる埋まっていった。けれど、意味がわからなかった。どういう最後なんだ。一人で消えてしまうなんてありえない。消えるなら一緒がいいとこのソファで語り合った。どうして一緒に塵にしてくれなかったんだ。
泣きわめいても、怒っても誰も優しく背をトントンと叩いてくれない。悔しいじゃないか。相方としてずっとそばに居たのに約束を反故するな。
「……おなかが減った」
人間ではない私たちは数日間飲まず食わずでも死なない特性がある。強く悲しんだり怒ったりすると人間のように腹は減る。一日三食は絶対食べたい派だから彼が消えてもごはんは食べるのだ。涙を流して冷蔵庫からヨーグルトとバナナとキュウイとプレーンとグラノーラを出し、彼が使っていたボウルに入れた。腹が減っては悲しむことも怒ることも出来ない。もぐもぐと食べ、時折涙が勝手に流れ鼻水と一緒に口に入っては袖で拭い、気持ちを咀嚼しソファに頬を付けて寝ころんだ。泣くから悲しい。悲しいから泣く。どちらも同じではないらしい。流れてくるものに理由はない。一粒一粒が虚無にも感じた。泣いていても彼は復活することはないのだ。
私たちの古くは吸血鬼の末柄と恐れられたが、吸血鬼らしいことはほとんどしない私たちは人間と互いに共生している。食べるものも自由だし、吸血鬼に効くものでもだいたいは平気だ。鼻は人間よりも利く。祖先が持った牙はすっかり退化していて、人間の歯と変わらない。だが、完全に夜になるまで外に出ることは出来ない。日の沈みかけている時間帯は日光対策をしっかりせれば大よそ平気だが、下手すると肌がただれる。うっかり日光にさらされ続ければ自殺のように消えることも出来る。長い間同じ生命でいることも出来るし、勝手に消えることもまあ出来るが自殺は一番厭われるものだ。
吸血鬼の末柄なのかどうなのか本当はよくわかっていない。私たちと同じ仲間がいてコミュニティはある。長い年月を供にする相方を探すにしてもコミュニティの中で共存しているほうが私たちにとっては都合がいい。
泣いて泣いて泣き喚いたあと、コミュニティに顔を出した。夜の世界を長い時間を供にする私たちの中で本当に一生そい遂げられる相方を探すのは容易では無い。いままで何百年と変わらず彼と一緒に入れたのは本当に幸運だった。
――出かけるときはラフな格好をしよう。
彼の言葉通りにパーカーにジーンズとスニーカーを併せ化粧で顔を明るくみせた。
身長が私より高くて、デーツが好きで、あんまりお喋りじゃなくて、無言で月夜を眺めて、何もないのに笑って私に抱き着く相方をコミュニティの中で探した。
「新しい相方を探してる」
コミュニティを管理している友人は、ここにいる仲間の情報ならなんでも知っていた。
「ふうん、どういう人」
要望をいうと、シンプルに友人は答えた。
――彼は居ないよ。次にはまだいけないか。
やりきれなさそうに問い、相手はその場を立ち去った。
取り残された私は、シンプルな回答に立ったまま涙だけ零れて来た。月夜を眺めることが好きな彼はもういない。温かい部屋にいるのに寒い冬の日みたいに冷たい嫌な汗がどっと出た。
もうすぐ自分は消えようとしていると教えられて私にできたことはたぶんない。手を握って、一緒に月夜を眺めて、彼が終わる瞬間まで私はたぶん離れられない。彼がやってほしかったことはたぶんこんな表面的なことじゃなくて、おやすみを囁けるだけの時、ただ傍にいること。最期まで傍にいること。けれど、それでは私も消えてしまうから出来ない。私にできなかったんだと思った。そのことを彼はよく知っていた。
「おやすみ」
最期の日みたいに私もベッドで眠ろう。起きたら塵になっているかもしれないから。彼がいる家に帰ろう。

感想・個人的なこと🥰
ずっと心の底であたためてきたエピソードから一つ書きました。
もっと書けたはずなのに……!!!!!!(と毎回言っている)
書くと長くなりがち。短い話というのをよくわかってない節ある。
あと推敲とか校正の時間がいつもなくてぱぱっぱぱぱttttっとかけるかが勝負みたいになってる。
頭を抱えている。起承転結ってなんだっけくらいになってしまう。なんやねん。がんばれや。
おわりです。
sono